« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月に作成された記事

2007年10月14日 (日)

ネメシス

 一昨日会食でした。「亀八」というとっても居酒屋な名前なのだけれども、かなりフレンチな感じな、でもやはり居酒屋でお食事でした。しかも!デザートもあるのです。Image017

と、いうわけで感動です。幸せな気分でした。

秋の味覚特集なので、きのこや秋の味覚てんぷらなど。栗ご飯もありました。

  昨日は寝て曜日になってしまいました。寝るために、昔から何度も読んでいるミス・マープルものを思い立って読んで、ついつい2冊読んでしまいました。17時間くらい寝ていたような気もしますが・・・・

 "A Caribbean Mystery"「カリブ海の秘密」、"Nemesis" 「復讐の女神」。

 本当は三部作にする予定が、クリスティーが亡くなってしまったので、この二部で終わってしまいました。「カリブ海の秘密」は普通のミステリーです。と言っても、ミス・マープルがサン・トノレに行っているというところが少し変わっていますが。ここで、マープルは大金持ちのラフィール氏と出会います。ラフィール氏は自由に身体を動かすことができないうえに、ミス・マープルはお年寄りです。そんな二人が殺人を防止し、犯人を捕まえるために協力し合います。

 さて、「復讐の女神」、ネメシスです。カリブ海のあの事件から数年経って、ラフィール氏が亡くなります。そして驚くべき依頼をマープルにしていたのでした。ある犯罪に関する捜査をしてほしい、と。しかし、何も具体的な指示は無いのです。何かが盗まれたから探してくれでもなければ、誰かが死んだが、殺されたようだから犯人を捜してほしいということでもありません。ただ、あいまいな指示があるだけ。一体、ラフィール氏は何をマープルに調べて欲しいのか?

 クリスティーはミステリーを書いていくうちに、誰かが殺されてそれを捜査するというよりも、殺人事件があったことすら分からない、その埋もれた殺人事件を発見し、その謎を解いていくというスタイルを作っていきます。タイトルをそのままに「スリーピング・マーダー」"Sleeping Murder"がその代表ですが、「復讐の女神」にもその傾向が見られます。死体が見つかって、その犯人を捜していくという形ではなく、過去にあった事件、もう犯人もつかまり解決されたと思われている事件を捜査する。何年も前の事件の記憶を結びつけて矛盾を見つけていくという、究極の安楽椅子探偵手法ともいえるでしょう。

 マープルはラフィール氏が生前手配していたバスツアーに参加し、その中の人々と接触していくうちにある少女の死を知ります。そして、過去にとらわれている人々に出会い、解きほぐしを始めるのです。

 ミス・マープルはお年寄りなので、いつもなんとなく他人からはちょっと軽くみられています。こんなお年寄りに何ができる?しかし、そう思われていることを承知したうえで、ミス・マープルは飄々と自分のペースを守りながら、論理的な考えで他人を圧倒するのでした。ちょっとコロンボにも通じるところがありますよね。それが痛快です。Nemesisとはなかなか大げさですが、これは「カリブ海の秘密」から続く、ラフィール氏とミス・マープルの合言葉なのでした。

2007年10月 8日 (月)

フェルマーの最終定理

 突然ですが、昨日はヤクルトスワローズの古田監督の最終試合でした・・・3年前でしたっけ?近鉄とオリックスの合併問題とか、あのライブドアが買収するとかしないとかで揉めて、当時の古田選手が各球団のオーナーたちとやりあっていた姿が印象的でした。もちろん、他の選手たちも頑張っていたのでしょうけれど、古田敦也さんには何かリーダーとしてふさわしい貫禄があるような気がします。

 あれから野球界は変わりました。読売ジャイアンツ一辺倒のTV放送が変わり、パリーグ人気が高まり、昨年の北海道日ハム優勝でますますその傾向が高まり、今でも続いています。あの古田さんと球団オーナーの対比の中に、現場で頑張る選手達と古い考えのままのオーナーたちの深い溝を感じたのは、私だけではないはずです。

 本当は古田監督を球界全体が盛り上げるべきだと思うのですが。何といっても、やはり彼がこれからの野球界を背負う人であるのは間違いないでしょう。再びヤクルト監督に復帰してくれることを願います。

 前置きが長くなりましたが、皆さん、フェルマーの最終定理って何か知っていますか?「フェルマーの最終定理」と言葉は聞いたことはあっても、それはさて何でしょう?

ピタゴラスの定理はご存知ですよね。直角三角形の斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい。つまり、

Photo_5

これは有名です。ところが、

Photo_6

nが2より大きい場合には整数解を持たない。3乗や4乗となると、この方程式は成り立たなくなるのです。これがフェルマーの最終定理です。

 17世紀のフランスの数学者 ピエール・ド・フェルマーがこの定理を提示します。ところが、フェルマーはこの定理を提示しただけで、「この驚くべき証明を持っているが、余白が無くて記すことができない」ととぼけたことを言って、文書にすることなく、亡くなってしまいます。そして、300年間、数学者たちがこれを証明するために努力するのでした。

 数学の証明というのは、物理や化学に比べて、厳密でなければならないそうです。物理、化学では、一度証明されたものでも新たな事実が発見され、証明が変わることがあります。数学の証明は一度証明されると、永遠に真でなければなりません。確かに実験で証明できるものではないため、すべての人が納得できる論理に裏付けられていないとならないのでしょう。ですから、2以外では成立しないというこのフェルマーの最終定理を、証明するのは大変なことです。

 Simon Singh ”Fermat's Last  Theorem” BBC放送のサイモン・シンがまとめた「フェルマーの最終定理」。これを証明したのは、プリンストン大学 教授 アンドリュー・ワイルズというイギリス人でした。1993年に証明を発表。同年秋に証明の欠陥を指摘され、1年後に証明を完了させます。この証明を理解するのは大変ですが(もう読んでしばらくすると忘れてしまいます・・・)、300年間のさまざまな数学者の取組み、それが積み重なってアンドリュー・ワイルズに繋がっていきます。証明自体を理解できなくても、数学者たちの歴史として読んでも充分に興味深いものです。特に谷山ー志村予想が大きな影響を与えている、日本人数学者がこのフェルマーの最終定理を解く上で大きな役割を果たしているということに、感慨深いものがあります。

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »