孤独
宮部みゆきさんの「小暮写眞館」を今読んでいる。私は宮部さんの本はできるだけheart warmingそうなものだけ選ぶ。怖そうなやつあるでしょう?それは避ける。でも、きっと基本的に「暖かいもの」が根底にあるんだろうなとは思う。
さて、「小暮写眞館」です。ミステリーっていうか、心霊写真をめぐる話。謎解きは謎解きなんだけど、ちょっと心霊現象込み。でも、決して怖くはない。ほんとうに怖いのは人間。宮部さんはきっとそう思って本を書いている。心霊現象はむしろ優しい。
でね、ちょっと思ったの。今、まさにこの本のクライマックスに差し掛かっている。主人公花ちゃん(花菱栄一)家族が抱えるある「痛み」。幼いまま逝ってしまった風子ちゃんにまつわる人々の反応。親族たちは母親を責めた。何故、風子をもっと見てやれなかったのか?お前が悪いと責めた。皆、耐えられなかったから。その傷に耐えられなかったから、手っ取り早く母親を責めた。そして、責める権利があると思っていたから。
そこを読んでいた時に、私の頭をよぎったのは、「自分以外はすべて他人」。家族であろうが、血がつながっていようが、他人だ。
だから、本当は責める権利なんかないんだよね。それは甘え。皆、それぞれが一人一人、痛みに耐えないとならない。ほかの誰かに押し付けて、その一人だけ背負わせてはいけないんだよ。
話は飛ぶが、知り合いに姓名判断をしてもらった。そこに書いてあったのは、「活動力は強いが、波乱にとみ、孤独や苦労がつきまとう・・・」「・・・忍耐力が強く、逆境に陥れば陥るほど真価を発揮する・・・」
う~ん、当たっているぞ。そして私は小学生のころから、自分以外は家族だろうが何だろうが、他人だと思っていた。で、そう発言したら、周囲に驚かれた。でも、私は間違っていないし、自分と家族をごっちゃにしてはいけないと思っていた。
変な小学生だよね。なんでそんな考えになったのかな?でも、そうだよね?おかげざまで会社に入ってかなりたったある時、当時の上司に「孤高だ」と言われた。そんなことあんたに言われる筋合いはないぞ!(ま、そんな変な小学生だったから仕方がないか)
ふと、「小暮写眞館」を読んで思いだしたのであった。さて、続きを読まなくては。きっと泣いてしまうんだろうな。(って、すでに涙ながしているもの)