« 2014年5月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月に作成された記事

2014年9月28日 (日)

花子とアン

 おひさしぶり!って、別にこのブログを見ている人はいないだろうなあ・・・みんな、よく毎日更新できるよね。私はなんか飽きちゃった。コメント受け入れていないから、当たり前っちゃあ、当たり前だ。でも、ブログなんて自己満足だからね。

 終わっちゃいましたよ、「花子とアン」
 あの子役、可愛かったけど、山田望叶ちゃん。その後、そんなにテレビで持ち上げられたりしていない。何故だろう?超可愛かったのに。あの子じゃなかったら、「花子とアン」を見なかったかもよ、私。
 当然のことながら、我慢できないので、「アンのゆりかご」は5月くらいに読んでしまっていた。そこでやってみましょう!ここが違うぞ、「花子とアン」
 まずね、何故にこんな変な人なの、宇田川満代。たぶん、これは、吉屋信子ではないかと思うのだが、単に、当時の売れっ子作家だったとして出てくるだけなのだ。東洋英和女学院(朝ドラでは秀和と言っていたが)卒業後、山梨の東洋英和の先生をしていた花子との対比でただ名前が出てくるだけ・・・なのに、あんなエキセントリックな女性に描かれている、ひどいなあ。
 それに、花子の家族はずっと山梨にいたわけではない。割と早いうちに東京に出てきている。
 さらに、戦争中に、一瞬花子の子どもが山梨の親戚の元に疎開するが、いじめられていたので、東京に連れ戻す。と、なんと山梨が空襲にあってしまう。
 とか、花子の上に兄はいないし(花子が一番上)、あんなに身近な人々の間で恋愛しないし、醍醐さんみたいな人はいないし・・・もっと、当時の有名女性たちと交流がある人なのである。市川房江さんとか、宇野千代とか、与謝野晶子とか・・・私はよく知らないのだけど、もっとも影響力があったのは、広岡浅子(実業家だけど)、片山廣子とかのようである。広岡さんや片山さんは女性の地位向上のために、サロンめいたものを作っていたように思われる。
 でもまあ、そんなこと気にしても仕方がないか。所詮ドラマだ。原作は原作、ドラマはドラマだ。息子が亡くなってしまうとか、妹夫婦の娘を養子にするとか、花子の人生の根幹は変えていない様だけれど・・・
 朝ドラは少し軽いノリだったが、私的には原作を読んだとき、単に「赤毛のアン」の翻訳者としてしか認識していなかった村岡花子が、実は当時の女性が力をつけつつあった文壇の重要人物だったのだと、ちょっと驚いたのであった・・・

 ちなみに、番組終盤で、茂木健一郎さんが何故だか登場するが、彼は「赤毛のアン」が運命の1冊なんだそうである。「赤毛のアンに学ぶ幸福になる方法」という本も書いています。なんで、あんな下手な演技で出てくるんだ?と思われた方もいたでしょうけれど、頼み込んだのですかね?出たいって・・・さてさて真相は?

« 2014年5月 | トップページ | 2014年10月 »