書籍・雑誌

2015年2月 7日 (土)

やさしさの時代

 非常に残念である。湯川さん、後藤さんは命を奪われてしまった。こんなこと言うと怒られるのかもしれないが、少しくらいならお金を払ってでも、助けて欲しかった。そのくらい命は大切なのではないかな?

 非道なテロには厳正に対応するとか、テロは許さないとか、言葉でいうのは簡単だ。もちろん、命を奪うのはよろしくない。ただ、イスラム国がそうなってしまった理由。何故?そんなことをしてしまうのかの理由。それを考えないと簡単には解決しないだろう。イスラム教の信者だから人を殺す、なんて、そんな訳ないのだから・・・ 何が根本問題なのか?欧米の正義や常識だけで、何かを裁いた。それが遠因となっていないか?

 森毅さんが中学生向けに書いた書籍「まちがったっていいじゃないか」 1981年に出されたらしい。(あら、私が中学出たくらいの頃だ) 

 この最初に言っている。そのころ、やさしさの時代と言われていたらしく、そこに皮肉の口調があるのが、気になると。りりしさを求める声があるのではないか?と。

 森毅さんは言う。ファシストは悪人だから、ファシストになったのではない。むしろ善人だったのだと。澄んだ瞳でファシストは現われる。人間はりりしさにあこがれる。人間が理性で判断していれば正しい道を進むかというと、それは甘い。人間はその場の情感に左右される。そして、そのムードに流されて行ってしまうのだ。で、りりしさに従う方が楽なのだ。

 一方、やさしさは難しい。お互いの情感を探り合い、また複雑な情感の絡み合いをときほぐしながら、進んでいかないとならない。だからこそ、やさしさを大事にしてほしい。

 人は他人をだますには手練手管を必要とするが、自分をだますのは簡単にやってのける。自分をだまさないようにすることの方が気のはること。

 今の子どもは自分のことしか考えないというが、自分のことを考えるのが実は難しいこと。自分を大切にする人は、他人を粗末にしない。自分を本当に大切にする人は、社会を粗末にしない。

 と、森毅さんは言っている。1981年の言葉であるが、今の時代になんとマッチしていることだろう。真理なんだろうね。

 子ども達は自分を大切にすることを忘れ、大人たちは「りりしさ」に憧れている。

 自分を見つめることは難しい。やさしさを保ち、自分にも他人にも気を遣うのは難しい。

 でも、それが大切だし、やらねばならないことなのだろう。そうすれば、「人を殺してみたかった」なんてことにはならなかっただろう。

 自分を大切にしよう、そして、他人を思いやろう。そうすれば、何かが変わるかもしれない。勇ましく「テロには屈しない」と、言ったところで、彼らは自分を「テロ」なんて思っちゃいないのだから、何も変わらない。彼らには彼らの事情がある。

 だからと言って、人を殺してはいけないけど・・・

 だけど、ただ「非難」したって解決しないのだろうと思う。お互いに思いやりたいものだ。そうしないと、後藤さん、湯川さんが浮かばれない。

 それにしても、森毅さんは数学者だけど、心がわかっているね。1928年生まれ、2010年没。

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2014年4月 6日 (日)

春ですよん

Img_20140406_100246  もう葉桜になってしまっていましたが、キレイでした。千鳥ヶ淵の桜です。こ~んなにキレイだなんて。満開の時はどんだけ~~?
 
  来年はなんとか満開の時を見たい。そして、ボートにも乗りたい。

 やはり、関東の桜は違う。木も大きいし、花も大きいし、なんかゴージャスで。なんというのかな、人を誘惑するような、人を魅惑するというか、北の桜とはレベルが違う。北の桜はあっさりなんです。「桜」と「サクラ」の語感が感じさせるような差があります。綺麗とキレイの違い。華と花の違い。

って、言いたいことわかってもらえますかね?

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 やはり花見は一大イベントなのだと痛感した次第でした。

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2014年3月23日 (日)

本の本?って?

 また買っちゃいましたよ。もう、やめようと思ったの。斎藤美奈子。あの毒もいいのだけれど、もう飽きたっていうか、そろそろ批判・批評だけじゃね~~って。残念ながら何もしていないけどさ。。。

 「本の本」ちくま文庫。なんと1,500円!!!文庫本ですよ、文庫本。なのに1,500円。しかも翻訳でもなんでもない。ただ、815ページあります。通常の文庫本の2倍くらいかしら。だから、ページ数のせいでしょう。それで、何が書いてあるかというと、ひたすら書評です。当たり前だが。斎藤さんは文芸評論家ですから。しかも、私があまり読まない日本物の。私は海外ミステリー派なので、あまり日本のものは読まないのだけど、なぜか、斎藤さんの評論は読んでしまう。でも、そろそろ同じ調子にあきてきたかなあと。だけど買ってしまった。こうなるともう、麻薬みたいなもの?

 さすがに800ページ越えは読むのがつらかった。斎藤節は健在ですけどね。

 あとは、買わないでおこうと思っていたけれど、どうしても気になって買ってしまった「野心のすすめ」by林真理子。

 たぶん、友達にならないタイプなんですよ。まだ、斎藤さんの方が友達になる可能性はある。でも、林さんはならないかな。ブランドがどうとか、ルンルンがどうとか・・・ただ、わたくし、林さんの本を読んだことがない。だから、彼女の作品についてどうこう言う資格はないのだ。ただ、TVで見ていて、なんでそんなにブランドにこだわるのかなとか、不思議だったの。賢い女性だと思っていたので、そんなとこで勝負しなきゃいいのに。賢さで勝負すればいいのにって思っていた。

 「野心のすすめ」を読んでも、まだ多少の違和感はやはりある。でも、林さんが言う「野心」はブランドだけではないのだと、私は思った。いい意味での目標。ブランドはその象徴でしかないのではないかと。やはり、コピーライターになりたいとか、「書く」ことを仕事にしたい。その結果、ブランドものを平気で買えるだけ稼ぐことができる=「書く」ことが仕事にすることだ、ということなんでしょう。

 さらに、林さんは、優雅な専業主婦というのは、もともとが金持ち、上流階級でしかありえず、10円ハゲを作るくらいストレスをためながら仕事をするのは、男の役割だなんて女が言っているのもおかしいだろうと。人生の充実感や幸福のために、女性も仕事をするべきだと、言ってる。

 もちろん、いろいろな障壁があるのはわかったうえで言っている。諦めるべきではないと。

 だから、友達にはならないかもしれないけど、いや、若いうちは友達にはならないけど、今なら友達になるかも・・・と、ちょっと思うのだ。むしろ、斎藤さんとはどこかで少し距離をとるのかも・・・とも。

 林さんについては、「ガラスの仮面」文庫版解説を読んで、さすがだと思ったのだ。北島マヤは天才ゆえに現実感がない、そして悩みも幼い、一方、姫川亜弓は、天才のマヤを見て苦悩し、努力をする。そこに、読者は共感する。そうだ、その通りだ。最近では、作者の美内すずえも、姫川亜弓に肩入れしている様に見えるぞ。

 おっと、話がそれている。そんなことで、ちょっと林さんを見直し。っていうか、私がちゃんと知らなかっただけだが・・・

 でも、女性観や仕事観は林さんも斎藤さんもあまり変わらないような気がした。年齢も二人とも近いし(2つ違いくらいです)

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2014年3月 9日 (日)

ユーミンのせい?

 「ユーミンの罪」 酒井順子作を読んでしまいました。

 酒井順子さんって時点で、あまり近寄りたくはないんだけど。いや、なんか面倒くさいじゃないですか?負け犬とか、ホントは負けていないんだとか。読んでないから知らないが、「勝ち」とか「負け」に分類することそのものがメンドー。ほっといてくれ!私は私で好きなように生きているんだから、勝手に分類するなって感じで。なので、近寄っていなかったのだけど、テーマがテーマなのでね、パラパラとめくってみたんですよ。

 最初の章が「ひこうき雲」、昨年、宮崎駿の映画で話題になった。知らなかったのですよ。そんな前の歌なんだ。酒井さんは私より1つしか年が下でしかないのだけれど、すごくユーミンを聞いているのね。私は過去においては興味がなかった・・・。だから荒井由実時代を知らない。そもそも荒井由実時代自体が短かったようだが。で、実はこれ1973年の曲。そして、歌詞をそのまま引用するとJASRACに怒られるが、「ひとり」、「上っていく」、「空に・・・」、「・・・かけていく」、「あの子の命は」と、まあちょっと思い出して、口ずさんでみてください。実は、これ、「死」がテーマな歌なんだそうです。

 ちょっとびっくりしたんです。で、思わず買ってしまいました。ユーミンのインタビュー集「ルージュの伝言」というのがあるそうで、その中で、小学生の同級生で筋ジストロフィーの子がいて、高校の時に亡くなってしまったと語っていたそうだ。高校生ながらにかなりショックで、それをテーマに作った歌が「ひこうき雲」

 うまいよね、酒井さん。流行りの宮崎駿に、実は悲しい曲だというエピソードつきの「ひこうき雲」を最初に持って来たか。うまくはめられたよ。でも、私は宮崎駿にもユーミンにもさほど興味はないのだが。けれど、ついついそんなエピソードが潜んでいるんだ?ほかにもどんなのがあるのかなと思ってしまったのです。で、買ってしまった・・・

 さて、結果、う~ん、最初以上のインパクトはなかったな。なんかさ、結局、やっぱり面倒くさいのよね、この人(ユーミンのことではない)。ユーミンは、ものの見事に時代を反映する歌を送り出し続けた人だとは思うんだけど、だから、世相を表すんですよ。でね、1970年代、1980年代と、いわば日本は経済的には成長し続けちゃって、良い思いをしてきた。ってことは、女子たちだっ て良い思いをし続けちゃって・・・当然、男に頼っておいしい思いをちゃっかりする子もいれば、そうじゃないのもいた。結婚して家入ってしまう人も、両立しようとする人も、独身のままの人も、最近だと結婚しなくても子どもだけは育てようって人も。様々でしょう。

 それをさ、ユーミンの歌に励まされすぎて、中途半端な自分になっちゃったとか。ユーミンは助手席も手に入れ、仕事も順調で、しかもおばさんにならない・・・そんな夢を見させて、日本の女性が自己肯定に走ったのはユーミンのせいだ・・・

 知るか?そんなもん。あんたの人生はあんたのせいだよ。

 ユーミンだって勘弁してほしいだろう。そりゃあ、たまたま才能があって、世の中にはまって、演出能力の高い旦那に出会って、自分も努力したんだろう。

 じゃあ、ユーミンが完璧なのか?

 この際だから言わせてもらうが、ユーミンは歌がうまいのか?実際のところ、決してそうじゃない。批判されたり、揶揄されたりもしていた。曲なんか、悪いけど簡単だ。カラオケで数曲続けて歌ってみるがいい。続けて歌うと飽きるぞ。一本調子で簡単だから。たぶん、あくまでもたぶんだが、難しい曲を歌いこなす力量はないのだろう。

 じゃあ、ダメなのか?

 そういうわけではない。やはり、あの詩。深いわけではないけれど、きちんと世の中の動きをとらえ、見事に発信させ共感を得られる詩。そして、演出力でしょう。やはりユーミンはユーミンで、みんなが知っている歌を作り、みんなが歌える歌を作った。この時期にはこれだねと、バブルで踊った我々が何か懐かしい思いで振り返ることのできる歌を作ったのですよ。

 なので、放っておいてくれ。あんたが今の自分に不満があるんだか何なんだか知らないが、それを人のせいにしないでくれ。ついでに他の女性たちを、あんたと同じレベルに扱わないでくれ。自分に満足していないなら、自分で努力してくれ。もう二度とこんな本を出さないでくれ。

 以上終了だ。なんか、ついついヒートアップしてしまったぞ・・・失礼しました。

 でも、まあ、ユーミン好きな人は読んでみてもいいかも。1973~1991年の1年に1曲を選び出したエッセイみたいな感じで、それはそれでユーミンファンには面白いかも。酒井おばさんの時々の欲求不満的フレーズが気にならない人はどうぞ。私は無理だな。

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2014年2月11日 (火)

ノイハウス、すごい!

 読みましたよ。ネレ・ノイハウス Nele Neuhaus作「深い疵」 ”TIEFE WUNDEN”

 またしても、読み応えありすぎで、すぐに読み返しました。すごい、すごすぎる。後書きによると、これは3作目なんですね。私が先に読んだ「白雪姫には死んでもらう」は、4作目。ちなみに、1作目、2作目はなんと自費出版だったらしい。こ~んな長編の大作を書くことができる人の実力が見えないなんて、ドイツの出版社、大丈夫か?

 さて、全然、書評になってない最近なのだが(ほとんど、感想文だもんね!!感想文にもなっていないな)ま、めけずにちょっとご紹介。

 「白雪姫・・・・」同様、オリヴァー&ピアを中心とする警察小説。ちょっと時間が前なので、まだオリヴァーとピアの関係はややぎこちない。でも、「白雪姫・・・」でぎくしゃくするオリヴァーとその妻コージマの関係は、驚くほど良い・・・いったい何が?って感じです。また、割とさばけた楽観主義で行動派のピアと、育ちが良すぎて悩みがちなオリヴァーの対比が、この作品でもちょっと出てくる。

 さて、ストーリーだが・・・こんなの紹介できないよ!!!だって、紹介しちゃうとね、台無しだから。最近のミステリーはトリックとか謎解き重視ではないのだが、これはその最たるもの。殺しは割と簡単に行われるのだけれど、そこに残された証拠とか、そこから犯人を推理するというよりは、そこに登場する人物にまつわるいろいろな関係性が、だんだん明らかになってきて、とんでもないことが見えてくる、というのがノイハウスのミステリーの特徴かな?

 「白雪姫.・・・」はある町だっだけれど、「深い疵」は由緒正しく大金持ちのカルテンゼー一家を取り巻く「大きな影」が、だんだん見えてくる。そしてドイツらしいというか、ドイツ暗黒の面である「ナチ」も登場してくる。最初に殺されたユダヤ人のゴルトベルクが、なんとナチだったのだから・・・さらに、次に殺されるシュナイダーも。それは一体どういうことなのか?そんなことがありうるのか?さらに、意味深に残される16145の数字。ノイハウスは、ホントに人間のいやらしい部分と、どこまで「怪物」になれるかを描いてくれます。しかも、壮大なスケールで。

 途中からの展開はむちゃむちゃ早く、ついていけなくなります。そういうわけで即座に再読。「白雪姫・・・」の時と同様でした。

 ま、出張に行く予定で、日曜移動するつもりが、土曜日の雪の影響で飛行機が乱れまくり、3時間半ほど出発が遅れたからいいんだけどね。

 でも、19時に飛ぶ予定が、まだ30名ほどお客様が乗っていませんって、結局、20時発ってのもね?私はスマホで予定確認しながら待っていたからいいけど、16:30発予定の便が一体どうなっているのか? 一体いつから搭乗手続きできるのか?もう少し空港内でちゃんと伝える方法を考えた方がいいのでは?羽田空港の飲食店内は、アナウンスが聞こえないし、モニターもないんだもの。あれはダメだよ。カウンターで聞こうと思っても大混雑だもの。羽田空港第1ターミナル殿、お考えくださいませ。

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2014年1月18日 (土)

白雪姫

 久々のヒットミステリーでした。今回はドイツミステリーです。

 「白雪姫には死んでもらう」 ”Scheewittchen Muss Sterben” ネレ・ノイハウス Nele Neuhaus

 基本は警察ミステリーで、オリヴァー主席警部とピア警部が主人公と思われます。別に二人は恋人なわけではなく、それぞれ家庭があり、オリヴァーはこの作品上ではちょっと妻に不信感を持っている。ピアは元夫が法医学者で仕事でつきあいがありつつも、今の旦那とかなり幸せな様子。

  事件は、10年前に二人の少女を殺害した青年が、刑期を終えて刑務所から出てくることから始まる。トビーは、白雪姫というニックネームのシュテファニーと、自分が振った少女ラウラを殺害したとされていた。トビーが故郷に帰って、自宅を目の当たりにしたとき、自分が何を失ったのか、親たちがどんな目に合わなくてはいけなかったのか、思い知らされずにはいかなかった。母親は耐えきれずに、故郷から去っていたが、父はどうしても自分の家を捨てることができなかった。ある意味、この村に飼い殺しの目にあっていたのだが・・・

 ピアは、身元不明の白骨死体の発見や、トビーの母が歩道橋から突き落とされる事件から、トビーの事件に触れる。そして、あまりにも状況証拠だけでトビーが裁かれたこと、少女を殺してから戻ってくるまでの時間に疑問を感じる。。。

 舞台はある小さな閉鎖的な村。そこによそ者のアメリーという少女や、幼いころは男の子扱いされ、それでもずっとトビーに首ったけであった今や女優のナージャ、元この村の教員だった大臣や、村の実質的支配者の実業家などが登場し、ところどころに胡散臭さや、うしろめたさを予告しながら、物語は進む。(ホント、登場人物は多い。そしてドイツ名には慣れていないので、登場人物リストと見直しながらじゃないと時々わからなくなる。)

 大体、登場人物の役割的なものは予測はつくし、なんとなく誰が犯人かも想像をさせるものの、それでも読ませます。結構、作者が意図的にばらしているので、謎解き重視のミステリーではないのだと思う。予測がついても、次々にストーリーが展開し、えっ、こいつもこいつも?と、皆がエゴの塊というのを見せつけられ、途中ではやめられない。人物描写は類型的といえば類型的だけれど、でも、止まらないのだ。

 おすすめです。他の作品も読みたいですね。

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2013年11月22日 (金)

孤独

 宮部みゆきさんの「小暮写眞館」を今読んでいる。私は宮部さんの本はできるだけheart warmingそうなものだけ選ぶ。怖そうなやつあるでしょう?それは避ける。でも、きっと基本的に「暖かいもの」が根底にあるんだろうなとは思う。

 さて、「小暮写眞館」です。ミステリーっていうか、心霊写真をめぐる話。謎解きは謎解きなんだけど、ちょっと心霊現象込み。でも、決して怖くはない。ほんとうに怖いのは人間。宮部さんはきっとそう思って本を書いている。心霊現象はむしろ優しい。

 でね、ちょっと思ったの。今、まさにこの本のクライマックスに差し掛かっている。主人公花ちゃん(花菱栄一)家族が抱えるある「痛み」。幼いまま逝ってしまった風子ちゃんにまつわる人々の反応。親族たちは母親を責めた。何故、風子をもっと見てやれなかったのか?お前が悪いと責めた。皆、耐えられなかったから。その傷に耐えられなかったから、手っ取り早く母親を責めた。そして、責める権利があると思っていたから。

 そこを読んでいた時に、私の頭をよぎったのは、「自分以外はすべて他人」。家族であろうが、血がつながっていようが、他人だ。

 だから、本当は責める権利なんかないんだよね。それは甘え。皆、それぞれが一人一人、痛みに耐えないとならない。ほかの誰かに押し付けて、その一人だけ背負わせてはいけないんだよ。

 話は飛ぶが、知り合いに姓名判断をしてもらった。そこに書いてあったのは、「活動力は強いが、波乱にとみ、孤独や苦労がつきまとう・・・」「・・・忍耐力が強く、逆境に陥れば陥るほど真価を発揮する・・・」

 う~ん、当たっているぞ。そして私は小学生のころから、自分以外は家族だろうが何だろうが、他人だと思っていた。で、そう発言したら、周囲に驚かれた。でも、私は間違っていないし、自分と家族をごっちゃにしてはいけないと思っていた。

 変な小学生だよね。なんでそんな考えになったのかな?でも、そうだよね?おかげざまで会社に入ってかなりたったある時、当時の上司に「孤高だ」と言われた。そんなことあんたに言われる筋合いはないぞ!(ま、そんな変な小学生だったから仕方がないか)

 ふと、「小暮写眞館」を読んで思いだしたのであった。さて、続きを読まなくては。きっと泣いてしまうんだろうな。(って、すでに涙ながしているもの)

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2013年9月 1日 (日)

やはり羨ましいのだ!

 以前、「ねにもつタイプ」を書いた岸本佐知子のことを、嫉妬する~~と書いたが、実は、私、その前に「気になる部分」という、やはり岸本佐知子のエッセイを読んでいたのだった・・・

 実家にあったので、また読み返し、また笑って、また嫉妬しちゃった。

 う~ん、羨ましい・・・私もこんなこと書きたい。

 なんかさ、ブログで偉そうなこと書いているんじゃない、アンタ。

 やはり、ユーモアと、飄々としているのと、余裕が大事だよ。

 でもね、残念ながら覚えていない!!!子供のころ何考えていたとかさ、結構、岸本さんは克明に覚えているのよね~~

 私が、覚えているのは・・・

 小学校の時、担任の宮崎先生が自分の奥さんのこと、縦も横も同じ長さだって言ってさ、私は考えた。縦横同じって、どんな体型なんだろう?ドラえもんのような感じ?球体か、樽か?で、机に指でイメージを書いていた・・・ら、あれ?なんか様子がおかしい・・・

 そう、あの頃の流行りだったのか、注意力を見るために、時々、宮崎先生はサインを出すのだ、そうすると我々は手を上げないとならない・・・しかし、必死に縦横同じ長さの人間像を描き出そうとしていた私は、気が付かなかったのだ・・・・

 子供ながらに、先生ずるい!!先生が変なこと言うから・・・と、クレームをつけたかったが、今ほどすれていなかった当時の私には無理だった。

 ほら、全然別に面白いエピソードでもなんでもない。

 岸本さんは有名な映画も本も見ないし、読まないらしい、それだけたくさんの人が見たり、読んだりしているのなら、自分ひとりくらいいいだろうと。その気持ちはわかるが、「秘密の花園」も、「小公女」も「フランダースの犬」も、「二年間の休暇(15少年漂流記のことですよん)」も読んでいないのか?ま、私も「小公子」は読んでいないけどね。(そういうことじゃない)

 確かに、「フランダースの犬」なんて、なんと作者がイギリス人で、ベルギーではまるで知られていないらしい・・・日本人があんなに涙しているのに・・・

 そんなものです。

 タイタニックは私も見たけど、一緒に行った友人がもう3度目って。「あんた、よくもまあ、こんなに人が死んでしまう話を3回も見れるね!!!」

 しかも、ディカプリオの出世作なんだけど、彼は当時華奢な感じでね、一方、ケイト・ウィンスレットが、結構がっちりタイプで、まるでアマゾネスかって。ケイトは十分、一人で生きていけるよ。

 そういえば、ディカプリオは、今度は「グレート・ギャツビー」に出るのね。なんか、童顔のまま顔が丸くなっているなあ・・・・

 「ギャツビー」も、有名な映画の割には、私には理解できないのだ。そう、フィッツジェラルドを理解できないので、私。(でも、ロバート・レッドフォードは格好良かったよ)

 って、あんた、卒論書いたでしょう?  

 だけど、わからんのだ。1920年代のアメリカ。そうなの、狂乱のアメリカなの。バブル期の日本と同じでね、イケイケだったんですよ。その象徴が、フラッパー。髪を断髪にして(たぶん、今でいうボブだと思うんだけど)、スカートを膝丈にして、化粧をして、飲み歩く女の子。フィッツジェラルドはそのきらびやかな世界に、魅了されてしまった。だから、お金持ちの世界、お金持ちの遊び方がとても大事なものと思ってしまった。それを追い求めて、自分もその世界に駆け上って、結局、墜落しちゃった。

 その辺のことは「愛しき配信者」を是非とも読んでくれたまえ。フィッツジェラルドの晩年の愛人シーラ・グレアムが書いた自伝だ。結構、感動するぞ、諸君。(デスラー総統の口調でお願いします。)

 う~ん。全然ダメだ。なんで、そんなに面白い人がいるんだろうなあ。そういう人って頭もいいのだろうなあ・・・なんか、違うんだよね、発想とか、ひらめきとか、そして、すごく記憶力がいいんだなあ。そういう人に会うたび羨ましいのだった。

 たぶん、そういう人たちは他人に嫉妬すらしないんだろうなあ。

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2013年7月13日 (土)

シェトランド四重奏が・・・

 終わっちゃいましたよ~アン・クリーヴス(Ann Cleeves)のミステリー、「青雷の光る秋」 "BLUE LIGNTNING"で終了してしまった。ラストにあんな哀しみを残して・・・・

 正直言うと、まさかそんなラストにするとは、かなり驚きでした。絶対にそんなことにはしないと思っていたのに。でも、もしかするとそうするしかなかったのかもしれない?ジミー・ペレスのキャラクターゆえに?

 なので、四重奏、4部作を全部読み返しました。

 すべて本格ミステリーなのですが、登場人物の性格、考え方を浮き彫りにして、謎を解決する型をとっています。この4作を通して、ジミー・ペレスが主人公だと思うのですが、1作目「大鴉の啼く冬」"RAVEN BLACK”では、ジミー・ペレスはさほど物語を引っ張りません。彼は、どちらかというと、ストーリーの中に潜んでいます。謎解きが進むにしたがって、ジミーは浮上してきますが、主には殺された少女の友人でいじめられっ子だったサリーの視点で語られます。後は、何年も前に行方不明になった少女を殺したのではと疑われ、皆からさけられている、知的障害のある老人マグナスの視点と、殺された少女の死体を発見したフラン・ハンターの視点です。

 読み返した結果、この1作目が一番面白い。意外な犯人と、意外な過去に、意外な動機。さまざまな人間が絡み合い、不可解な心理が殺人を引き起こす。

 ジミー・ペレスは、比較的傍観者的な立場だからこそ、謎を解けるのかもしれない。

 そして、2作目、3作目と進むにつれ、ジミー・ペレスに焦点が当たっていく。最後の4作目はついに、ジミー・ペレスの出身地、シェトランド諸島でも最も本島から離れたフェア島が舞台となる。ただ、結末が哀しい。どの作品も、哀しいといえば哀しいが・・・

 ちなみに、2作目は「白夜に惑う夏」"WHITE NIGHT"、3作目は「野兎を悼む春」"RED BONES"

 ただ、どうやら「青雷の光る秋」の続編があるらしいので、それも読みたいなあ。その後のジミー・ペレス。どうなっているのか?

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2013年3月30日 (土)

またまたディヴァイン

 「跡形なく沈む」"SUNK WITHOUT TRACE"D.M.ディヴァインの最新作、じゃないな。これ、1970年代くらいのものだから。創元推理文庫が復刻版をだしてくれいているのだけど、その最新版です。

 そういえば、私の中で二大ミステリー出版社が、創元推理文庫とハヤカワミステリ文庫なんだけど、最近、ハヤカワミステリが元気ないんじゃないかな?どうも、買いたいミステリを出してくれいていない。たぶん、ミーハー路線に行っているよな・・・アガサ・クリスティを手を変え品を変えて出し続けるか?映画化のものを出すか・・・だから、最近、ハヤカワミステリ買っていないな。

 それは置いておいて、ディヴァインの生前最後作の「跡形なく沈む」なんだけど、う~んって感じ。また同じ繰り返しか・・・と。主人公と思われる、ケンとジュディは、ダメ男とできるいい女で、惹かれあっているけど、素直になれない。しかもケンは自分を思ってくれているわけではないリズと同棲中。これって「5番目のコード」でも使われている背景。心を病んでいる女、ルースがやってきて事件は始まるが、心が病んでいる女も「5番目のコード」に出てくる。

 私生児が事件に絡むのも、「ウォリス家の殺人」や「災厄の紳士」でも使われている。ある家族が、悪人二人と善人二人に分けられるのも、「ウォリス家の殺人」と一緒。犯人もある意味「3本の緑の小壜」につながるしなあ・・・

 そういうわけで、ちょっと物足りなかった。やはりディヴァインは「兄の殺人者」と「悪魔はすぐそこに」が秀逸かな。「悪魔・・・」は初めて読んだディヴァイン作品でもあったが、意外な犯人で、「兄の・・・」はプロットがよく練られていたと思う。

 しかし、ハヤカワミステリさん、ピーター・ラヴゼイとか、パーネル・ホールとかの新しい作品、出してよね。

 さてさて、1年でまた大阪から東京へ異動です。またまた引っ越し!折角、今、新築マンションなのに・・・・また、家を探さなきゃ。(ところで、誰に報告しているの?)

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